葬儀の基礎知識と準備

焼香の作法と意味|浄土真宗 真宗大谷派 西本願寺

焼香の作法と意味|浄土真宗 真宗大谷派 西本願寺
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宮坂
宮坂
浄土真宗の中に「真宗大谷派(東本願寺)」と「浄土真宗本願寺派(西本願寺)」という大きな二つの宗派があり、それぞれで焼香の作法に違いがあるのか気になる方もいらっしゃるでしょう。

この記事では、浄土真宗における焼香の基本的な考え方から、真宗大谷派と浄土真宗本願寺派(西本願寺)それぞれの焼香の具体的な作法、そしてそこに込められた深い意味について、詳しく解説していきます。

浄土真宗における焼香の意味

浄土真宗では、焼香は「亡くなった方の冥福を祈るため」や「自身の心身を浄化するため」「功徳を積むため」には行いません。

これは、浄土真宗の教えの根幹にある「他力本願(たりきほんがん)」という考え方に基づいています。阿弥陀如来(あみだにょらい)の本願力(ほんがんりき)によって、私たちは例外なく救われ、お浄土に往生することができると説かれています。

つまり、私たちの側の努力や行い(自力)によって救われるのではなく、阿弥陀如来の「他力」によって救われるのです。このため、浄土真宗において、焼香は以下のような意味合いで行われます。

  • 阿弥陀如来のご法(みおしえ)に遇えたことへの感謝の表現
  • 阿弥陀如来のはたらき(お徳)を感じること
  • 仏様の香り(仏法)に触れること

焼香の香りは、お仏壇やお寺に満ち、参列者一人ひとりに届きます。この香りが、阿弥陀如来の智慧と慈悲を表し、私たちに仏法が届いていること、あるいは仏法が伝わる様子を象徴していると考えられます。

焼香は、単なる形式的な行為ではなく、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」という念仏とともに、阿弥陀如来の救いをいただく身であることを改めて受け止め、感謝を捧げる大切な儀式です。

したがって、浄土真宗の焼香は、自分の功徳のためや、故人のために行うのではなく、「私自身が仏法に遇わせていただいていることへの感謝と慶び」を表す行為であり、「仏様のはたらきを身をもって感じさせていただく」機会と捉えることができます。

真宗大谷派(東本願寺)の焼香作法

真宗大谷派の焼香は、以下の手順で行うのが一般的です。

  1. 焼香台に進む: ご自身の順番が来たら、焼香台に進みます。
  2. ご本尊(または遺影)に一礼: 焼香台の手前で立ち止まり、ご本尊(お仏壇があれば)や故人の遺影に一礼(約30度程度)します。
  3. 焼香を行う:
    • 焼香炉の前まで進み、正座、もしくは立礼(椅子席の場合)で姿勢を整えます。
    • 右手の親指、人差し指、中指の三本で、抹香(粉末の香)をつまみます。
    • つまんだ抹香を額に持っていき「おしいただく」という動作はしません。
    • そのまま、つまんだ抹香をそっと炭火の上に落とします。回数は2回です。
  4. 合掌・念仏: 焼香を終えたら、両手を胸の前で合わせ(合掌)、親指で数珠(念珠)を軽く押さえるように持ち、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と心の中で、または小声で称えます。
  5. ご本尊(または遺影)に一礼: 再度、ご本尊(または遺影)に向かって一礼します。
  6. ご遺族に一礼: 焼香台から下がり、ご遺族に一礼します。
  7. 自席に戻る: 自分の席に戻ります。
  • 回数は2回
  • おしいただかない
  • 念仏は「南無阿弥陀仏」
  • 焼香は「感謝の行為」として行う

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の焼香作法

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の焼香作法も、真宗大谷派と基本的な流れは同じですが、抹香を炭火の上に落とす回数に違いがあります。

  1. 焼香台に進む: ご自身の順番が来たら、焼香台に進みます。
  2. ご本尊(または遺影)に一礼: 焼香台の手前で立ち止まり、ご本尊(お仏壇があれば)や故人の遺影に一礼(約30度程度)します。
  3. 焼香を行う:
    • 焼香炉の前まで進み、正座、もしくは立礼(椅子席の場合)で姿勢を整えます。
    • 右手の親指、人差し指、中指の三本で、抹香をつまみます。
    • 真宗大谷派と同様、つまんだ抹香を「おしいただく」ことはしません。
    • そのまま、つまんだ抹香をそっと炭火の上に落とします。回数は1回です。
  4. 合掌・念仏: 焼香を終えたら、両手を胸の前で合わせ(合掌)、親指で数珠(念珠)を軽く押さえるように持ち、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と心の中で、または小声で称えます。
  5. ご本尊(または遺影)に一礼: 再度、ご本尊(または遺影)に向かって一礼します。
  6. ご遺族に一礼: 焼香台から下がり、ご遺族に一礼します。
  7. 自席に戻る: 自分の席に戻ります。
  • 回数は1回
  • おしいただかない
  • 念仏は「南無阿弥陀仏」
  • 焼香は「感謝の行為」として行う

浄土真宗の焼香回数に込められた意味

お焼香

浄土真宗の焼香作法の中で、他の宗派と最も異なる点の一つが、焼香を行う回数です。

浄土真宗には大きく分けて真宗大谷派(東本願寺)と浄土真宗本願寺派(西本願寺)があり、焼香の回数は真宗大谷派(東本願寺)が2回、 浄土真宗本願寺派(西本願寺)が1回と違いがあります。

どちらの宗派も、焼香回数に「煩悩の数」や「三宝(仏・法・僧)」といった象徴的な意味を込めているわけではありません。また、「自身の功徳を積むため」に回数を重ねるという考え方もありません。

これは、浄土真宗の根幹にある「他力本願」の教えに基づいているためです。阿弥陀如来の力によって私たちは救われるのであり、私たちの側の行いによって救いの度合いが変わるわけではない、という考え方です。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)が焼香を1回行う理由

浄土真宗本願寺派で焼香を1回だけ行うのは、阿弥陀如来の「ただ一度」の救いを信じる「一念(いちねん)」を表していると言われます。

阿弥陀如来の本願は、私たちの側の努力や行いを問わず、全ての人々を救うという誓いです。この本願を聞き受け、心から信じたその瞬間に、私たちは必ずお浄土に往生できる身(正定聚・しょうじょうじゅ)となり、この「信ずる一念」こそが最も大切であり、そこに回数を重ねる必要はない、という考え方です。

焼香の煙が一度立ち上ることに、阿弥陀如来の本願が遍く行き渡り、私たちに届いている様子、あるいは仏法に遇えた一度きりの大切な機縁を感じ取る、という意味合いが込められています。焼香の「1回」は、阿弥陀如来の他力の救いに対する、疑いなき信の一念を象徴しています。

真宗大谷派(東本願寺)が焼香を2回行う理由

一方、真宗大谷派で焼香を2回行うのは、阿弥陀如来のご恩に対する「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」の思いを「懇ろに(ねんごろに)」表すためであると言われています。

真宗大谷派においても、焼香が功徳のためや煩悩の数を表すためではないという点は共通しています。しかし、阿弥陀如来の本願によって救われる身となったことへの感謝の気持ちを、より丁寧に、より深く表したいという思いから、2回の焼香が作法として定められています。

1回目の焼香で阿弥陀如来のご恩に遇えたことへの感謝を表し、2回目の焼香でその感謝の思いをさらに重ねて表す、あるいは阿弥陀如来の誓願を深く受け止め、帰依する心を込める、という意味合いが込められていると考えられます。

「おしいただく」を行わない理由

おしいただく

他の宗派の焼香作法では、つまんだ香を一度額の高さに持っていく「おしいただく」という動作が見られます。これは、仏様への敬意を表したり、香をより高いところに捧げる意味合いがあります。

しかし、浄土真宗では、この「おしいただく」という動作は行いません。これもまた、浄土真宗の教えに基づいています。

浄土真宗では、私たちは煩悩に満ちた凡夫(ぼんぶ)であり、自らの力では清らかになることも、仏様に近づくこともできないと深く自覚します。阿弥陀如来の救いは、そのような私たち凡夫に対して、そのままの姿で差し向けられています。

「おしいただく」という動作は、ある意味で「自身を高めて仏様に近づこうとする」という自力の姿勢に通じると捉えられることがあります。

浄土真宗では、そのような自力の計らいを離れ、阿弥陀如来の他力にすべてをお任せすることを大切にします。

したがって、焼香の際も、つまんだ香をそのまま静かに香炉にくべることで、「自らの計らいや努力ではなく、仏様のはたらきによって仏法に遇わせていただく」という他力の教えを表しているのです。

特別な作法を加えず、ごく自然に香をくべることに、かえって深い意味が込められています。

まとめ

焼香は仏教の中でも広く行われている儀式ですが、「浄土真宗」、中でも「真宗大谷派」や「西本願寺」といった宗派では、作法やその意味が独特です。形式的に焼香するのではなく、仏法への感謝の心を込めて焼香することが、最も大切なポイントです。

この記事を通して、正しい焼香作法とその背景を理解し、より深い敬意と信仰心をもって葬儀や法要に臨んでいただければ幸いです。